知覧特攻の母鳥濱トメ顕彰会

当会は、特攻隊の偉業を顕彰し鳥濱トメの想いを引き継いで、正しい歴史認識を広めるための活動をしています。

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ニュース

【第68回特攻平和観音年次法要 参列】

【第68回特攻平和観音年次法要 参列】
9月23日(月・祝)秋分の日、世田谷山観音寺において『第68回特攻平和観音年次法要』が催行されました。

柿﨑理事長をはじめとして、当会が共催させていただいている来年上演予定のカートエンターテイメントプロデュース「帰って来た蛍~令和への伝承~」で鳥濱トメ役の伊藤つかささん、鳥濱礼子役の竹島由夏さん、同作出演の榎木薗郁也さんならびに当会会員複数名および事務局にて参列し、供花もさせて頂きました。
カートエンターテイメント「帰って来た蛍 出演者・制作一同」からも供花されておりました。
特攻平和観音年次法要は今ではあまり見かけることのない「神仏習合」で執り行われており、世田谷山観音寺太田恵淳住職の願文奏上と駒繋神社澤田浩治宮司による神儀が執り行われました。
参加者全員で「同期の桜」「海ゆかば」を慰霊献歌、焼香をして特攻隊員の御霊の安らかなることをお祈りいたしました。

当会では、主催の慰霊法要(慰霊祭)以外にも、他団体が主催する特攻隊の慰霊祭等も参列しております。
鳥濱トメの偉業を後世に遺していくことは当然の責務ですが、特攻という事実を伝え、先の大戦を風化させないよう努力し先人のご英霊への慰霊顕彰もしっかり行なって参りたいと存じます。皆様、ご支援ご協力の程、どうぞ宜しくお願い申し上げます。

事務局

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令和元年8月15日、74年目の終戦の日

令和元年8月15日

終戦から74年目が過ぎました。本年もご英霊に感謝し哀悼の誠を捧げるため靖國神社と世田谷観音に参拝して参りました。

本年も多くの方々が参拝しておられましたが、年々参拝者は少なくなっている感じると同時に、参拝者の低年齢化が進んでいると思いました。二十代、三十代の姿が視界に飛び込んでまいりました。まず最初に世田谷観音の特攻観音堂に参拝し、正午前には靖國神社に到着し、黙とうを捧げました。

世田谷観音特攻観音堂に鎮座する「夢違い観音」様は、法隆寺の大宝蔵院に鎮座する「夢違い観音」様を特別許可を得て模造した観音様です。夢違い観音様の由来は「悪夢を見ても、この仏像に祈れば吉夢に変えてくれる」という信仰が起源とされています。
世田谷観音特攻観音堂には陸海軍それぞれ1尊ずつ、合わせて2尊の観音様が祀られており、陸海軍の特攻隊戦没者のご英霊のご芳名を書いた「霊爾簿」が胎内に収められています。
そして、知覧の特攻平和観音堂に祀られている観音様は、世田谷観音に祀られている観音様を模造したもので、鳥濱トメさんが東京から知覧へ持ち帰り観音堂に納められたものなのです。
そのため、靖国神社のみならず、ご縁の深い世田谷観音には毎年8月15日に必ず参拝させていただいております。

本年もこの日、靖國神社参道の大村益次郎横特設テントでは「第5回 靖國の心を未来へ! 感謝の心をつなぐ青年フォーラム」が開催されました。当会柿崎理事長はカートエンターテイメント代表取締役会長・映画監督として実行委員会共同代表を務めており、当日は理事長をはじめとして、赤羽顧問ご夫妻、顕彰会会員の方々、事務局もイベントに参加し日本と世界の未来を担う青年からの提言などをお聴きしてきました。先人の偉業や日本を想う若者らの提言は非常に胸を打つ話も多く、靖國神社の英霊にも届いたのではないかと感じました。

そして、本日お会い出来ました会員の方々、また、志を共にする同志の方々、今後とも宜しくお願い申し上げます。

事務局

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【新潟県内の高校生に「鳥濱トメと特攻隊」講演】

今年7月、新潟県内の高校生に対して当会赤羽顧問が『鳥濱トメと特攻隊』の講演を行って参りました。
同校では、修学旅行で鹿児島知覧を訪れ、戦争や近代史について学ぶ機会を予定されており、修学旅行を前に知覧で実際に起きた鳥濱トメと特攻隊員のエピソードを聞きたいとのご要望から実現しました。
中学、高校生に講演を行う際は、当日、事務局から講演前に戦争当時の時代背景や特攻作戦に至った経緯、そして鳥濱トメとはどのような人物であったのか等を画像を交えて説明し、そのあと赤羽顧問が鳥濱トメから直接聞いてきた隊員たちとのエピソードを感情込めてしっかりと話します。
講演後、生徒からはアンケートにご協力いただきますが、非常に前向きな意見が多く、当会もより一層、鳥濱トメと特攻隊について多くの方々に広める活動を続けていかなければならないという決意を新たにしています。

講演後に実施したアンケートを文章は原文ママで一部抜粋して掲載させていただきます。

「特攻隊の悲しさをよく知ることができた講演だった。これからも自分たちのような世代に伝えていくのを頑張って欲しい。」(女子生徒)
「今回の講演を聞いて日本の勝利のために命懸けで戦った特攻隊の人やその特攻隊を支えてきた鳥濱トメさんのことを知ることができてとてもいい講演だった。」(男子生徒)
「修学旅行というきっかけがあったからこそ、このようなお話を聞くことができ、大変有難かったなと思います。少しずつでも家族などに話して知っている人を増やしていければと思いました。」(女子生徒)
「命を散らした多くの英霊たちに、感謝の念を抱きました。」(男子生徒)

今後も全国にて講演活動をしてまいりますので、少人数でお考えの方でも、ご興味のある方はぜひ事務局までお問い合わせくださいますようお願いします。

【事務局】

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第73回 靖國神社みたままつり

7月13日より16日まで、靖國神社において『みたままつり』が開催されました。

246万余柱の英霊の御霊の安らかなることを願って、みたままつりに参拝して参りました。

本年も『知覧特攻の母鳥濱トメ顕彰会』の大型献灯が3つ、カートエンターテイメント主催で鳥濱トメ顕彰会が共催させていただいている舞台『帰って来た蛍』の提灯も大きく一文字ずつ6灯掲揚されました。当会柿﨑裕治理事長、舞台『帰って来た蛍』と映画『さつまおごじょ』で鳥濱トメ役の伊藤つかささん、同じく鳥濱礼子役の竹島由夏さん、『帰って来た蛍』初演で宮川三郎少尉を演じた出合正幸さんの大型献灯も飾られました。
また、当会柿﨑理事長は映画監督として「揮毫」を寄せ、伊藤つかささん、竹島由夏さん、出合正幸さんらの懸け雪洞もともに掲揚されました。

参道には露店もあり、若い方々を含め多くの人で賑わっていました。

事務局

献灯 柿﨑理事長 つかささん揮毫 竹島さん揮毫 出合さん揮毫 みたま看板

機関誌『蛍』第4号発刊

当会機関誌『蛍』第4号、新元号令和元年初の機関誌となります。

知覧での慰霊祭の様子や、万世の慰霊祭への供花、赤羽顧問の神奈川県内中学での講演、

関連図書の紹介、薩摩おごじょのメニュー紹介ほか、盛りだくさんの内容となっております。

会員の皆様には発送済みです。

ご転居等で返送されてくる会員の方が増えております。お手数ですが、ご転居の際には

お電話、メール、葉書、HPからの問い合わせ等をご利用の上、事務局までご連絡くださいませ。

 

事務局

 

第65回知覧特攻基地戦没者慰霊祭参列

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5月3日、鹿児島県南九州市知覧町 知覧特攻平和観音堂において「第65回知覧特攻基地戦没者慰霊祭」が挙行されました。
鳥濱トメ顕彰会理事長、赤羽潤顧問と会員を含む関係者が例年に続き参列してまいりました。
慰霊祭には800名を超える参列者が訪れました。しかし、年々参列者の減少が目立つようになりました。
慰霊祭の受付では式次第のほかに、特攻隊員を象った落雁や、名産である知覧茶葉の新茶、知覧町の観光マップなどが配布されました。
昼食用に知覧茶のペットボトルとおにぎりのパックも頂くことができ、受付会場で飲食することも可能です。

慰霊祭の開会前に海上自衛隊鹿屋基地から慰霊飛行でP-3Cが青空を舞いました。慰霊祭は開式のことばから始まり、日本礼道小笠原流鹿児島支部の方々の「献茶」、参列者一同「礼」、「黙祷」と進められていきます。黙祷の後、流れる読経の中で各関係者らの焼香、追悼の言葉、慰霊の言葉を市議会議長、県議会議員、ご遺族ならびに関係者が述べられました。その後、(社)詩吟朗詠錦城会による献詠、慰霊電報披露、参列者全員による献花、自衛隊による献奏、南九州市長挨拶ののち、参列者全員で「加藤隼戦闘隊」「同期の桜」を合唱し閉式となりました。おおまかな流れは毎年同様となっております。
本年は慰霊祭の終了後、当会理事長と赤羽顧問同行で、慰霊祭に参列したなでしこ会(戦時中に特攻隊員らの身の回りのお世話をしたなでしこ隊だった方々)の方々と一年ぶりの再会を果たし、少しお話をさせて頂きました。

ぜひ、一人でも多くの方に知って頂きたい事実があります。

大東亜戦争末期、悪化した戦局を打開するために用いられた作戦に若者たちが命を懸けて、家族、恋人、故郷を守るために、250キロから500キロの爆弾を抱いて「特攻」しました。そして、その若者たちを心からもてなし、心を痛めながら出撃を見送り、戦後は慰霊のために奔走し、その人生の全てを捧げた鳥濱トメとその家族の存在があったこと。
皆様も、ご家族、ご友人、知人の方々に伝えて頂けましたら幸いです。

鳥濱トメ命日

平成4年4月22日

特攻の母と呼ばれた鳥濱トメは、鬼籍へと入りました。89歳の大往生でした。

昭和の初めころから鹿児島の知覧町(現南九州市知覧町)で『富屋食堂』を営んでいました。大東亜戦争開戦後、陸軍指定食堂となった富屋食堂には多くの若者たちが訪れました。
戦争末期には知覧の基地は特攻隊の出撃基地となり、トメはその特攻隊員を私財をなげうってまで、もてなしました。当時、特攻隊員は全国から知覧に集められていて、その出撃前の最後のひと時を深い愛情で包みこみ、彼ら全員の”お母さん”となったのがトメでした。

 世の中では、戦争中は「軍神」などと崇められた特攻隊員でしたが、敗戦後すぐに手のひらを返したように特攻隊を「軍国主義の象徴」などと蔑み、生き残った方々でさえ「特攻崩れ」と言われ罵倒されました。
そんな中、世間が何と言おうとも「特攻隊のあの子たちの為に観音堂を建てなくてはならない」と言い続け、敗戦後に米軍が知覧に進駐しているときから、飛行場跡地に棒杭を立てお墓代わりとして、毎日毎日お参りしていました。

その願いが叶って、知覧の飛行場跡地に特攻観音堂が建ったのは戦後10年たった昭和30年9月のことでした。
それからも、トメは足腰が悪くなり通えなくなってしまうその日まで、欠かさず観音堂へお参りを続けました。
そのたびに、近所の子供達を観音堂へ連れて行き掃除をさせ一緒にお参りしました。特攻隊員のことを語りながら、おやつや果物などを食べさせて、観音堂に慣れ親しむよう、そして観音堂への参拝が「当たり前」になっていくようにと、長い時間をかけて尽力されました。
それが、現在も続く「特攻慰霊顕彰の町 知覧」へと続いているのです。
知覧の観音堂の御宝前で毎年5月3日に盛大な「知覧基地特攻戦没者慰霊祭」が催行されています。
我々は鳥濱トメが遺した、特攻隊員への慰霊顕彰の気持ちを受け継ぎ、一人でも多くの方に伝えていきたいと思います。

お時間がございましたら、トメの想いに皆様も手を合わせて頂けましたらと思います。

事務局

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【万世特攻慰霊碑慰霊祭 供花】

本年4月14日(日)に、鹿児島県南さつま市にある『万世特攻平和祈念館』前にて『第48回万世特攻慰霊碑慰霊祭』が催行されました。
ご遺族のほか、旧隊員、関係者など約300名が「よろずよに万世特攻慰霊碑」前に集いました。
毎年4月の第二日曜日に催され、各行政の長や旧隊員のほかに地元の高校生なども慰霊の言葉を述べます。
本年も会員の皆様のご支援のもと、供花をさせて頂くことが出来ましたのでお写真を掲載いたします。

知覧から西へ約15キロ行った吹上浜に「万世飛行場」は昭和18年夏から19年末にかけて建設され、陸軍最後の特攻基地となりました。
この飛行場はわずか4ヶ月しか使われませんでしたが、201名の特攻隊員が沖縄へと出撃されました。

旧隊員であった苗村七郎氏の尽力により、万世特攻平和祈念館、そして昭和47年に「よろずよに」慰霊碑が建立されました。その慰霊碑の碑文をご紹介します。

「 昭和十九年太平洋戦争の戦局はとみに悪化し、すでに決定的段階を迎えんとしていた。ここ加世田市吹上浜の地に、戦勢転換の神機を期すべく地元民学徒ら軍民一致の協力によって、本土防衛沖縄決戦の基地萬世飛行場が建設された。
昭和二十年三月二十八日より終戦に至るまで、陸軍特別攻撃隊振武隊の諸隊、飛行第六十六戦隊、飛行第五十五戦隊の若き勇士たちは、祖国護持の礎たらんと、この地より雲表の彼方へと飛び立った、一機また一機と。
征きて帰らざる者あまた。或は空中に散華。或は自爆。壮烈にして悲絶。その殉国の至誠は鬼神もこれに哭するであろう。
終戦以来幾星霜、ここに祖国は、その輝かしき復興をとげた。われら生き残りたる者と心ある人々は、英霊の魂魄を鎮め、その偉勲を称えんがために、ここにこれを建立する。
昭和四十七年五月二十九日 」

子犬を抱いた少年は、荒木幸雄少尉。出撃当時わずか17歳2ヶ月でした。一緒に写っている隊員たちも17歳が2名と18歳でした。自分の将来を祖国日本のために捧げた至純の魂で散華されました。彼らは第72振武隊として、この万世飛行場から出撃、散華されました。

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第40回特攻隊全戦没者慰霊祭 参列

公益財団法人特攻隊戦没者慰霊顕彰会主催で靖國神社にて催行された『第40回特攻隊合同慰霊祭』に参列してまいりました。
柿崎理事長、舞台『帰って来た蛍』や映画『さつまおごじょ』で鳥濱トメ役をつとめる女優の伊藤つかささん、同じく鳥濱礼子役をつとめる女優の竹島由夏さんが参列され、事務局も参列しました。会場では、複数の当会会員も参列していました。

本日は、満開の桜が美しく咲き誇っており、この桜の木の下で逢おうと言って散っていかれた特攻隊の想いに触れた気が致します。

花見の時期ということも重なり、靖國神社は非常に多くの参列者で溢れておりました。

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【神奈川県の中学校で講演】

3月上旬、神奈川県の中学校で生徒約200名に『鳥濱トメと特攻隊』の特別講演を行いました。
生徒や教諭に校舎内にある体育館にお集まりいただき、最初に事務局より鳥濱トメの人物についてと時代背景などを簡単に説明し、続けて赤羽顧問が鳥濱トメから直接聴いた語り部をしました。
途中、ちらほらと涙ぐんでいる様子や、小さくうなずいているような仕草も見られました。
最後に『今日、話を聴いた皆さんに辛いことがあったとき、特攻隊員の気持ちを考えれば自分の悩みはちっぽけなものだと気が付くでしょう。そして、今日の話を聴いて皆さんの心に何か響くものがあったら、自分自身で彼らのことを何でもいいので調べて知って欲しい。そしていつか、知覧に行って、彼らの本物の遺書などに触れて欲しい。』と締めくくりました。

当日、生徒の皆さんに書いていただいたアンケートの中から一部抜粋し、掲載させていただきます。
・当時、自分とあまり(年齢が)変わらない人たちがどんな思いで旅立ったのかを一部理解し、感じる事が出来ました。彼らをずっと見守ってきた人たちの話を聴くと、天国にいる彼らは本当に立派で想像できない強い心を持っていると思いました。
・鳥濱トメさんは、自分のものをなくしてまで、特攻隊の人に色々なものを食べさせてあげていて、とてもやさしい人なんだと思った。特攻隊の人たちは周りの人を守るために自分の命をなくしてまで必死に戦っていたんだなと思い、とても感動しました。

今回の講演を聞いた生徒と年齢は大きく変わらない特攻隊員。しかしその、大きな志と強さ、やさしさは生徒たちに伝わったようでした。
鳥濱トメが戦後、観音堂で多くの若者たちに特攻隊員のことを伝え続けてきたように、当会はその遺志を継いで伝え続けて参りたいと思います。
そして、多くの方々に鳥濱トメという市井の女性が、その人生をかけて尽くしたことを伝え続けていきたいと思います。

事務局

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